高松高等裁判所 昭和27年(ネ)376号 判決
控訴人は「原判決を取消す被控訴人は控訴人に対し金八千三十五円を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を決めた。
当事者双方の事実上の主張は控訴人において
本件収用土地はもとより純然たる宅地ではないが、宅地的価値のあるものであること往年起つた水害に、血と汗で復旧した命の綱とも頼むべき本件土地を失う以上替地を獲得せなければならぬこと等諸般の事情を考えて本件収用土地に対する補償金額は(一)本件三百十六番地の一の一部畑四三、一平方米(南側)につき坪当り純農地代五〇〇円、準宅地代二五〇円、離作手当、一二五円、小口切取損失補償九〇円、残地補償九〇円以上、計一〇五五円これに各種安全率を乗じ八〇〇円を又(二)同所三百十六番地の二の一部畑二一、八平方米(北側)につき坪当り純農地代四五〇円、準宅地代一二五円、雑作手当一二五円、小口切取損失補償九〇円、残地補償九〇円、計八八〇円これに各種安全率を乗じ、六五〇円を相当とする。然るに本件収用審査会の査定の基礎につき近傍類地の価格を無視する等、左記のような誤謬を冒している。
(1) 本件南側の収用土地は大洲駅前通りの宅地の三分の一ないし四分の一の価格と見るを相当とするが、本件収用審査会は右駅前通りの土地の売買価格を坪当り一五〇〇円ないし二〇〇〇円と評価した。しかしかような価格の評価は過去のことに属し、本件収用時期においては適切でない。たとえば昭和二十五年夏、訴外吉岡武夫が大洲町森林組合事務所に売渡した農地は、坪当り一五〇〇円であつたが、本件収用当時農地の価格は坪当り三〇〇〇円を以て通例とし、昭和二十六年七月同訴外人が予洲自動車株式会社に売渡した同所二百三十一番地第二の二十八坪は坪当三五〇〇円であつた。
(2) 大州町は昭和二十六年一月、若宮から五郎に通ずる道路敷地にあたる畑を坪当り三〇〇円で買収した。
しかし、この土地の南側こそトラツク道路に面しているが、大洲駅より離れた劣地であり、且つかつて屋上まで浸水したことのある低地であつた。大洲町は同じ土地の残地を小学校敷地として、坪当り一〇〇〇円で買収したことがあつた。
(3) 本件北側の収用土地の農地としての価値は南側のそれと大差ないものと思考せられている。
しかし該土地が純然たる農地で宅地となる可能性がないかどうかについては、本件収用土地が線路に沿うて二、三米離れているだけであるから現状のままでは宅地にならず、農地たるに過ぎないけれど、それにつずく同一番地を含めての面積、範囲及び水準の高さ等を考慮に入れるときは宅地としての可能性は十分である。
(4) 耕作者は全部南側に居住し、施肥その他運搬にはことごとく線路横断の不便があつて、合理的な農業経営は望めない状態にあることは疑ないところである。
しかしさような現状を呈するようになつたのは、被控訴人側の適切な処置を採らなかつた結果であつて、控訴人の与り知らぬところである。即ち元来南側の土地と北側の土地とは一枚のつずいた畑であつたが、昭和八年鉄道開通の際南北に切断され、このため北側は劣地となつたが、それでも当時は肱川堤防近く鉄道線路をくぐるガードが敷設せられた。然るに昭和十八、二十年の水害復旧の際被控訴人側は、経費節減のためこのガードは廃止せられ、今日にいたつたのである。
(5) 建設省が昭和二十五年末頃、若宮西光寺跡附近(堤防敷地)を買収した価格は坪当り一五〇円であつた。
しかしこれは鉄道線路と堤防との間に介在する狭隘な土地で、地味地力いずれも劣等で宅地価格のないものである。
(6) 町営住宅の敷地は大洲町が、坪当り五二七〇円の埋立費を投じ、坪当り六二七円で形成されたものであるが、本件収用土地に比し、なお約二尺低い水準にある。これを引き上げるためには実費約一〇〇〇円を必要とする。
(7) 本件収用土地の評価の基礎につき、賃貸価格の一〇八〇倍の一〇〇円を純農地代と定めた。
しかしかような賃貸価格を基準としていたのでは、生きた経済界の変動に対処することは到底不可能であり、さような方式を採るべき法的根拠もない。さらにまた一般取引の実例もない、むしろ実例としては、大洲町内において若宮所在の農家より約半里、中村所在の農家より約一里の距離にあり、且つ野菜畑としては上位ではあるが、水害の恐れがあつて住宅地としては不適当のため、宅地価格の認められないところの純農地でさえ、その売買価格は坪当り三〇〇円ないし三五〇円である。
(8) 離作手当、その他準宅地代は正常適切に計算された純農地代に加算すべきものであつて、純農地代を過少に評価したから、その埋め合せに右離作手当等を加算するというような方式を採るべきものではない。それ故右純農地代離作手当、その他準宅地代もそれぞれ正当に評価してその総額を決定すべきである。
(9) 以上要するに本件収用審査会は本件土地収用について、事実に即せず机上の賃貸価格を以て土地代を定め類地或は現地の実例を無視して過去の安値を採り上げ、又真実を曲げて宅地価格あるのに拘わらずこれを否定する等、虚偽の事実に基ずく算定を敢てしているのであるからその不当なること明白である。
と述べ被控訴代理人は控訴人の右主張事実中被控訴人の従来の主張に反する点は、これを否認すると述べた外は原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(証拠省略)。
三、理 由
被控訴人が日本国有鉄道予讃線伊予大洲・伊予平野両駅間の橋梁改良工事の起業者として、昭和二十六年六月二十一日建設大臣から事業認定を受け、同年七月十七日愛媛県知事は収用しようとする、控訴人所有の(一)愛媛県喜多郡大洲町大字中村字射場三百十六番地の一の一部、畑四三、一平方米及び(二)同所三百十六番地の二の一部、畑二一、八平方米の細目を公告したこと、被控訴人は右公告後控訴人に対し、右土地の所有権取得のために協議を求めたが、不調に帰したため愛媛県収用審査会に裁決を求め、同審査会は同年十月二十九日右土地収用の裁決をなし、収用土地の補償金額を六千九百十五円地上物件に対する補償金額を九百六十八円と認め、その損失補償金額をその合算額である金七千八百八十三円と決定し、該裁決書の謄本が同年同月三十一日控訴人に交付せられたことはいずれも当事者間に争なく、その交付を受けた日から三ケ月以内の昭和二十七年一月二十八日本訴が提起されたことは記録上明かである。
そこで本件の争点である本件収用土地の補償金額、即ち収用時期当時の右土地の価格について検討する。原審及び当審における検証の結果によれば、本件土地は愛媛県喜多郡国鉄予讃線伊予大洲駅とその西方約三〇〇米にある肱川鉄道橋梁との間にある肱川堤防より東方約三〇米の地点に位し、鉄道線路に跨いて両側に膚接している平坦地であつて、その南側に前記(一)の土地があり、北側に(二)の土地がある。右(一)の土地を含む南側の収用地は鉄道線路と肱川堤防との交点を要として長さ約一四〇米の扇型をしており一帯は農地であり、その略中央部には農道が走つていて、その先きは住宅地域につずき町家が密集している。右地域は容易に宅地に造成しうるが、鉄橋に近い部分は人家から離れておるし又鉄道線路に近接しているから宅地には適せない。(二)の土地を含む北側の収用地は高さ約八米の肱川の堤防が西方から右折して同駅の東方約三〇〇米附近において鉄道線路に接しているため、鉄道の路盤の堤防とに囲まれた盆地状の土地で隣地との交通を遮断せられ鉄道の場内信号機の附近より線路の約三〇米北方を堤防までの間街への唯一の農道が東西に走、その北側に肱川堤防に接し町有地があつて町営住宅が建設せられているが、低地のため約一米の高さにコンクリートの基礎工事が施行されこの地域には右町営住宅の外には人家は認められず宅地としては不適当であることが認められ右認定事実に原審証人重松勇の証言原審における鑑定人近藤俊雄、同一柳好市の各鑑定の結果(一部)を綜合すれば、本件土地の収用裁決時期である昭和二十六年十月二十九日における右各土地の位置、形状等に基ずきその利用方法その他諸般の状況により定まる交換価値に従い純農地代、準宅地代、作離補償、小口切取損失補償、残地補償を検討したうえでの補償価格(地上物件価格を除く)は前記(一)の土地については坪当り金四百円(二)の土地については坪当り金二百五十円と認めるを相当とする。
控訴人は本件土地は固より純然たる宅地ではないが宅地的価値の存在すること、野菜畠としては大洲町に存在する、それとしては上位にあること本件土地に代わるべき替地を必要とすること、類地の価格等諸般の事情に照らせば、前記南側の土地については坪当り純農地代五〇〇円、準宅地代二五〇円、離作手当一二五円、小口切取損失補償九〇円、残地補地補償九〇円、合計一〇五五円、これに各種安全率を乗じた八〇〇円、又北側の土地については坪当り純農地代四五〇円、準宅地代一二五円、離作手当一二五円、小口切取損失補償九〇円残地補償九〇円、合計八八〇円、これに各種安全率を乗じた六五〇円を以て相当とすると抗争し、その立証として近傍類地の価格、その他の事情を掲げて強調しているから、その諸点について説明を加える。
(1) 原審証人田中紺蔵、同森本朝則、同丸井清次郎の各証言によれば、大洲町が保育園用地として昭和二十七年三月七日所有者訴外後藤真清から買収した大洲町大字中村西裏四三番地、畑五畝三歩、同所四八七番地、畑六畝七歩、同所四八九番地、畑六畝十二歩の価格は坪当り八〇〇円(土地代五〇〇円、地上物件補償金三〇〇円)であつたことが認められるが、原審証人往田卯一の証言、原審及び当審における検証の結果を綜合すれば、この土地は本件土地より東南方へ約一八〇米離れた地域で、その南と北とは道路に接して略三角形をなし、周囲は住宅が立ち並んでいる地形にあること
(2) 大洲町が喜多小学校拡張のため、同年二月二十二日訴外直木長太郎外数名から買収した、同町大字若宮井ノウヱ三一七番地の第一、三一九番地の第三、三二〇番地の第二、三四二番地の第二の各畑三四四番地の宅地の価格は畑宅地込めで、坪当り一〇〇〇円(土地代八〇〇円、地上物件補償金二〇〇円)であつたことが認められるが、原審証人往田卯一の証言原審及び当審における検証の結果を綜合すれば、この土地は本件土地より約九〇〇米離れて所在する大洲駅の東南に位し、道路に接している宅地であること
(3) 原審証人寺尾直右の証言によれば、被控訴人が大洲自動車区の官舎として昭和二十五年十二月訴外、寺尾直右から買収した、同町大字中村字西浦三八三番地百十五坪、同所三八四番地百十七坪の一部の価格は坪当り八五〇円であつたことが認められるが、同証人の証言原審及び当審における検証の結果によれば、この土地は本件土地より南東方約一三〇米大洲駅の南方二〇〇米位の地点にあつて、その南側は道路に接し周囲は住宅に囲まれた閑静な純宅地であること
(4) 右証人寺尾直右の証言によれば、訴外井上義光が昭和二十六年三月訴外寺尾直右から買受けた同町大字西浦四一六番地の土地四十五坪の価格は坪当り一〇〇〇円であつたことが認められるが、同証人の証言原審における検証の結果によれば、この土地は本件土地より南方一三〇米離れた地点にある閑静な住宅地であること
(5) 右証人寺尾直右の証言によれば、訴外五福命がその頃訴外寺尾直右から買受けた同番地の土地五十六坪の価格は坪当り一一〇〇円であつたことが認められるが、同証言原審及び当審における検証の結果によれば、この土地はもともと宅地であつて附近は住宅地帯であること
(6) 原審証人西山四郎の証言並びに原審における検証の結果によれば、訴外合資会社大洲林化工業所が昭和二十六年五月工場拡張のため訴外松本輝義より買受けた同村大字中村字西裏の畑六十五坪二合の価格は全部で、五〇〇〇〇円であつたことが認められるが、同証言原審及び当審における検証の結果によれば、この土地は本件土地の東南一四〇米の地域で住宅地に入る境の道路に接し、右会社の工場と一間幅の道路を隔てて相対していること
(7) 当審証人吉岡丈夫の証言によれば、大洲町森林組合事務所が昭和二十五年夏訴外吉岡丈夫より買受けた同町大字中村宮の後三二一番地の第一約七十一坪の価格は、坪当り一五〇〇円であり又予洲自動車株式会社が同訴外人より買受けた同所二三一番地の第二、二十八坪の価格は坪当り三五〇〇円であることが認められるが、原審及び当審における検証の結果によれば、この土地は本件土地より東南約五〇〇米の地点の大洲駅から大洲町に通ずる大通りを挾んで東と西とに位し、現在森林組合事務所と予洲自動車々庫が建てられてある純宅地であること
がそれぞれ認定できる。右認定事実より考えるときは本件収用土地は、いずれも右各土地より劣位にあるものというべく、それらの価格は直ちに本件各収用土地の価格算定の参考資料に適切なものとはなしがたいから、前記附近土地の実際における売買価格の実例を以て、本件収用土地の相当価格に関する前記認定を覆すことは到底できない。
控訴人は本件収用土地の算定の基礎に誤謬があるとして、種々論難攻撃するところがあるが、かような事実の存在を認めうべき証拠はない。
以上説明するとおりであつて本件収用審査会が定めた本件補償金は正当であり、これを過少として右金額を超える部分の支払を求める控訴人の本訴請求は失当たるを免れない。されば控訴人の本訴請求は理由なく、これを棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 石丸友二郎 萩原敏一 呉屋愛永)